聖徳太子 和を以って貴しとなす
投稿日:2010年 10月 23日
一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
聖徳太子の17条の憲法は、以和為貴で始まる。
「一に曰わく、和を以って貴しとなし、 さからうこと無きを宗とせよ。人みな党あり、また達れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父にしたがわず、また隣里にたがう。しかれども、上やわらぎ下むつびて、事をあげつらうにかなうときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」
意味としては、人はえてして派閥や党派などを作りやすい。そうなると偏った、かたくなな見方にこだわって、他と対立を深める結果になる。そのことを戒めているのだ。
現代は皆で仲良くといった意味て取れがちだが、真意は物事を決めるときは、集団の意向に囚われずに、それぞれが議論を尽くせば、おのずと理が見え、物事が成し遂げられるといっている。
聖徳太子には様々な伝説があり、その生涯を期した書物も多い。
8世紀には、聖徳太子は「日本の釈迦」と仰がれ、鎌倉時代までに、『聖徳太子伝暦』など現存するものだけで二十種以上の伝記と絵伝ある。
最近では聖徳太子は存在しなかったとする研究もなされていて興味深い。